このお店が建てられたのは大正のころと聞いています。特別高価な材料や工法を使うでもない、ごくふつうの民家です。家の前の日光街道は、ぽくぽくと馬車が往来する埃道。
当時はいろは坂の女人禁制が解けて間もないころ。東照宮に参拝する方々の、下駄やわらじや革靴や、さまざまな足音がせわしなく往来していたのだろうと思います。
大正が昭和に変わり、おおきな戦争を経て。街道はきれいに舗装されて路面電車が消え、馬車にかわって自動車が走るようになり、100年という時間のなかで、街道の風景はさまざまに移り変わりました。
家主も何度か入れ替わり、そのたびに家自体も少しずつ、その時代や家族のかたちにふさわしい姿へと改装を重ねています。
その変遷のなかで、この家は住む人々の婚礼や誕生や葬儀を体験してきました。家はそれらの、いわゆる「ハレ」の時を体験することで成熟していくのだそうです。年相応の時間を受け止めながら、古びた家はしだいに年相応のすがたとなって、町の風景の中でひっそりと息をしてきました。
数年前から、日光を訪れる皆様にもっと散策を楽しんでいただこうと、景観を整備する事業が進められています。この家もその事業を機に、「曳舞」という家を持ちあげて移動する工法を使って道路から8m後退。現在の耐震基準に合うように補強を行いました。
長い年月の重みに傾いた柱を大地と垂直に戻し、床下に添え木をあてて平らにしたのは、大工さんの丁寧な手作業によるものです。そのうえで柱や建具をできるだけ残し、天井板や扉も各所に再利用。二階の窓をのせるレールも特別に加工していただきました。
できるだけ以前のまま。でもちょっと新しくなって。
2009年元旦、ちいさな町家は、ハーブショップとして再出発しました。町の内外のたくさんの方々の、有形無形の応援と支えをいただいて、大勢の人々の思い出がしみこんでいるこの家を残せたことに、感謝しています。ほんとうにありがとうございました。
日光を訪れるみなさま。
もし旅の途中に通りかかって、すこしお時間があったら。
ちいさな幸福やかなしみをたくさん受け止めてきた、なつかしい気配のする家を、のぞいていってください。
ドアが古くて重たくて、開けるのにちょっと勇気がいるかもしれませんが、なに、かみつきませんからだいじょうぶです。おまけに店主はたいてい厨房でぽかんとしていますので、気楽に眺めていただけます。
お子様と入れるトイレもありますので、好きにお使いください。ガーデンもまだ整わず草だらけ。おかまいも行き届かないとは思いますが。柱をなでて、「がんばってるね」とあなたに励ましていただけたら、家もずいぶんうれしいと思います。
もしお好きなら、60種のハーブとスパイスをお好みにあわせてお包みします。歩き疲れた方には、ちいさなカフェスペースをご用意しています。
花や草木は、「かわいいね」「おいしいね」とほめてくれる人に元気をわけてくれます。水と空気のとびきりおいしいこの町で、花たちに元気をもらってお帰りください。わたしたちにできることはそのくらいですが。なにごとかお役に立てたらいいなと願っています。
旅もまた、ひとにとっての「ハレ」。みなさまのいのちを豊かにしてくれる時間ですので。どうかこの町を訪れた皆様の旅が、すてきなものでありますように。
店主 拝